深呼吸ひとつして

ブログを始めたきっかけは病気、でも今はローバのひとり言

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また会えたね♪~アン~

NHKの朝ドラで〝花子とアン〟が始まりました。

赤毛のアンは私が初めて買った文庫本なんです。
中一の夏休みの課題図書でした。
それまで、子供向けの本は読んでいたけど、文庫本読んだの初めて…
何だか少し大人になったような気分

夢中になってシリーズ全部買い揃えました。
そして、、何度も読み返したっけ、、

字も小さくて黄色く変色したけど…捨てられない!
多分読むこともないけど、ね。

大分前に夫が図書館で、他の訳者のを借りてきて、「読んだら! 内容が少し違うようだって」と
私は、、断りました。。
だって、私にとってはアンは村岡花子さん!ですから(*^_^*)

実際の彼女のことは知りませんでしたが、、
貧しい小作農の子供で奉公にだされそうになった、、なんて
〝おしん〟を彷彿とさせますね。

他にもお隣のおしゃべり好きの小母さん、りんさんは
アンに出てくるリンド夫人がモデルだったり、、
アンとリンクするようなエピソードがたくさん出てくるそうです。。

楽しみだなぁ~
半世紀以上前のことだけど、アンは空想好きな少女のまま、、
こんなおばあさんの私も一日15分だけ、少女の頃に戻ります(^_^;)
いいよねぇ~
気持ち悪いーー!って言わないでくださいね オネガイ



アンぼかし加工

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富山の薬売り

先日、用事で実家へ行き、納戸をちょっっと覗いたら、こんな物が、、
富山の置き薬です。
子どもの頃、よくおじさんが背中に薬箱?背負って
薬の交換に来てました。
使ったものだけ補充して、その分の代金を支払うというシステムでしたね。

小さい頃は風船をもらったりするのが嬉しくて、おじさんの側に
ピッタリ座り込んで見てたっけ。。
この明細書に昭和41年と書いてあるので
この年が多分最後なんでしょう、、

アカチンキ、なんてのもあるけど膝小僧、真っ赤に
塗られた記憶があります。
その後、アカチンは良くないとかで
いつしかお目にかからなくなってしまいました。

薬箱 全体
明細書
薬中身

実家は、引越ししてないので、こんな懐かしいガラクタ
まだまだありそう、、
もっと古いものは戦争で焼けてしまったし
お宝鑑定団に出すようなものはないけど
私にとっては懐かしいものばかりです。

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クラス会…小学校

今日はなんと 小学校のクラス会に行ってきました。
先生(93歳)はとてもお元気で、埼玉にお住まいなのですが
足が少しお悪いので、行き来が楽なように埼玉で開催されました。

私は近いので楽ですが、都内でやるより出席者少し少なかったかなあ、、

若いときからいつも幹事をしていた人が40代で
亡くなってしまったのだけど、でもそのお蔭で今もこうして
続いています。
間が空きすぎると、なかなか続かないですから、、
男女合わせて10人ほど(先生除いて)で、メンバーは大体決まってしまうのですが
今回、京都から数十年ぶりに参加された女性がいて、、
でも面影は残っていて、すぐ分かりましたよ。。

50年以上経っていればそれぞれいろんな人生があって
話も尽きませんでした。。
みんな小学生に戻って当時の悪行やら、、
君付けや、お前呼ばわりされても、、腹は立ちません。

悪がきは悪がき、、プレイボーイは相変わらずそのまま、(小学生で)

修学旅行加工名入り
   小学6年生の修学旅行で、、
   これで全員じゃなくひとクラス55人ほどいました

今回参加はしなかったものの、バングラディシュのダッカで
無報酬のボランティア看護師をしているRさん。
現地の看護師さんの給料は2,500円~4,000円だそうで
日本の年金で24,000円の家賃が払える彼女は金持ちとみられ
狙われる対象になるそうです。

小学生のころから将来看護婦(師)さんになりたいと言ってた彼女。
まじめでしっかりして、ボーっとした子供時代を過ごしてた
私には大人でまぶしく見えました。。

何もお手伝いも出来ないけど、せめて応援したいと
みんなで寄付をすることにしてお開きとなりました。

ちご餅加工
ちご餅一本 加工字入り
   京都のお土産にいただいたちご餅


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大阪の思い出

25年以上前、夫の転勤で2年弱、大阪で暮らしたことがあります。
夫は大阪出身で、自分の通ってた小学校に子どもたちを行かせたいと、、
天王寺から上町線(路面電車)でいくつか南下した街に
住んでいたことがあります。
長男が小4、次男が小1までの短い期間だったので
息子たちに記憶は余りないと思っていました。

先日、大阪でいとこたちの集まりがあって、
そのついでに、「もと住んでいたところに行ってきたよ」と
写真つきメールが息子から送られてきました。

そこには、私達4人の住んでいたマンションが
ちょっと古ぼけて写っていました。
周りのお店はすっかり変わってしまったけど、、
右側の4階だったよね!、と
けっこう覚えてるもんです。
幼稚園や小学校、歩いてるうちに、いろいろ蘇ってきたみたい

「僕たちの出身地どこ?って聞かれるのだけど、何て言えばいいの?」と
以前聞かれたことがあるのですが、、 さて?どこって言えばいいのかな、、
冗談で「大阪と東京のハーフかな?!」いって言ったことがありましたっけ。

その、大阪土産です。
たこやきせんべいは良いとして、なんで伊勢の赤福なの?

大阪土産

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文化人形

少し前の新聞記事から。
ブログに載せようと写真を撮っておいたのだけど
時間がなくて、今になりました。

       “抱きしめた憧れのモダン”
西洋人形の服装をまねて大きくデフォルメした雰囲気。
大正から昭和30年代まで、もっともポピュラーな人形玩具
としてつくられ、多くの子どもたちがこれで遊んだ。

当時の子どもたちは西洋風のこの人形に
どんな憧れを抱いたのだろうか?

大正6,7年ごろより文化という言葉が流行し
盛んに使われるようになったそう、、
(和洋折衷の家を文化住宅という)
人形横


そういえば小さいころの写真にこんな人形を
抱いたのがあったような?!
探してみたらありました!!

たぶん2~3歳のころ
近所の友達と一緒で、ちょっとふてくされた顔がわたしです。
酷い顔でお見せできませーーーん。
加工目隠し
       ちょっと顏が違うような気もしますが、、

この人形で遊んだ記憶、実はあまりありません。
このあと、ミルクのみ人形が出てきて
それは口から哺乳瓶で飲ませると、、
下から水?が出る、、というもの。
髪型も変えられて、、
(後ろで真中わけすると禿げてるのだけど)
お気に入りでした。

その後、バービーとかリカちゃんに続くのですね。
もしかしたら私たちの世代が“文化人形”で遊んだ
最後の世代かもしれませんね。

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「風信子」

Author:「風信子」
風信子(ヒヤシンス)です
2009年乳がんになり、3度の再発も。術後検査で特殊型の紡錘細胞がんとの診断。神経難病で闘病中の夫も他界しました。
病気以外の日々の暮らしも綴っていきます。

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